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想い出Camera

#1201 天狗壁

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8月17日撮影



辰口の中心地から県道鶴来―小松線を鶴来へ向かい鶴来へ渡る手前の岩本地区の東端にある天狗壁は、全山が凝灰岩に覆われ、手取川の川岸に斧で削られたような絶壁をなし、岩の上に古松が生茂り、手取川の激流に削りとられた断崖と老松の織りなす景観は見事な景勝地となっている。この岩の上からの景観は手取川の扇状地帯を一望のもとに見渡すことができる。古来よりこの天狗壁の山上に天狗が棲んでいたという伝説があり、一名「天狗山」ともいい、白山三社の一つである「岩根宮」が鎮座していたとも伝えられている。

また、この天狗壁の麓に渡し舟があり、往時の主要交通路として知られ、これを「岩本の渡し」といった。 この天狗壁の上に「御座岩」と呼ばれる大敷岩があり、この御座岩の由来は、天正五年(1577)越後の上杉謙信が加賀国へ討入り、石川郡松任の長一族を攻めた時、ここ出陣され、この岩壁を賞美せらるるあまり、一同この岩の上にて、名声高き萬里和尚などと共に詩集会が催された。これより、称して御座岩と言い伝えられており、古書にも多くの記録が残されている。

しかし、この天狗壁は、明治から大正、昭和にかけて、石材を切り出した洞穴が多数あり、四つのトンネルがあけられ満身創痍である。一番深いところから明治三十二年に掘削された宮竹用水の隋道、手取川沿いに窓をつけながら掘られた弘化四年(1847)の二ヶ用水の隋道、昭和六年に完成した北陸鉄道能美線のトンネル、昭和四十四年に和佐谷までの通路として掘られた林道のトンネルがある。
また、最初の天狗橋は、明治三十六年(1903)に天狗壁の壁端より架けられたもので、近くにある記念碑と橋脚部分のコンクリートによって当時の工事の様子などを知ることができる。
                                            ネットより拝借


橋脚部分のコンクリートは今回の整備工事で完全に撤去されてしまいました
by renchiyan2 | 2015-08-27 04:37 | 風景